Die Symphonie der Liebe
「今回のプロジェクトを担当させて頂きます、富永セイと申します。 よろしくお願いいたします」
笑顔でそう言いながら、セイは目の前にいる取引先の男性に名刺を差し出した。
「山南と言います、よろしくお願いいたします」
差し出された名刺を受け取りながら、こちらも渡す。
そして隣にいる部下にも自己紹介するよう促そうと視線を移した。
「こちらは今年うちに入社しました新人の沖田です。 今回こちらの担当を任せる事になりました」
しかし部下である沖田総司は、なぜかなかなか名刺を渡そうとせず、ぽかんと口を開けたまま目の前にいる女性に釘付けになっている。
「こら総司。 何をやっている」
小声でそう言うと、肘で沖田をつっついた。
ハッとした様子の沖田は、自分の内ポケットから慌てて名刺ホルダーを出すと、中から名刺を取り出した。
そして怪訝な表情でこちらを見ているセイに向って、名刺を差し出した。
「お、沖田と申します! 富永さん、あっ あのっ 好きですっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その場の空気が固まった。
「は・・・?」
唖然として、セイが出せたのはその一言だった。
「お、おいっ 総司、何を言っている!!」
周りは慌てふためいている。
しかし当の本人は、気にする様子もなく真っ直ぐにセイを見つめてくる。
そして。
「私と結婚前提にお付き合いして下さいっ!!!」
「セイ、プロジェクトの資料進んでる?」
「はあ・・・」
机につっぷして、やる気のなさそうなセイに、同僚の渡辺奈美が心配して声をかけてきた。
「なになに、どうした? 取引先の年下くんからのプロポーズで参っちゃってるのかな?」
意地悪そうにそう言うと、セイの顔を覗き込んできた。
「ちょっとやめてよ。 これから半年間あの人と一緒に組んでプロジェクトやってくって考えただけで本当にブルーなんだから」
のっそりと起き上ると、億劫そうに手元の本に目をやった。
あの時の事は思い出したくもない。
やっとこの会社に入って初めて自分が責任者として1つのプロジェクトを任される事になり張り切っていた。
それなのに・・・・
あの沖田という男がいきなり名刺を渡しながらあの訳の分からない発言をした後、本当に大変だった。
一緒にいた山南という上司は、突然の事に驚いてオロオロしてしまうし、こちらにいた後輩の女の子は噴き出すし。
全く打ち合わせにならなかった。
話し合いの間も、沖田はずっとセイの顔をニコニコと見つめており、イライラして集中など出来なかった。
何故うちの営業マンはあの会社と契約をしたのだろうか。
理解出来ない。
しかもあんな変な奴をどうして会社は採用したのだろう。
帰り際、「本気ですから!」と言い残し帰って行った沖田に、セイはこれからあの男と一緒に仕事をしなければならないのかと思うと気が重かった。
あの日以来、打合せメールを送ってくる沖田は、最後には必ずセイへのラブラブメッセージを入れてくる。
セイはうんざりしながらも、全くその部分には触れる事はせず仕事の事のみ返信を送っていた。
「あ、噂をすれば」
「え?」
奈美の言葉に、セイは顔を上げた。
「ほら、見て。 あなたの婚約者が来たわよ」
セイは嫌な顔をして、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「げ・・・」
「結構可愛い人じゃない。 新卒ってだけあって、肌なんてつるつるv 良い人に見染められたわねぇ」
入口で入室許可書に記入している沖田を見て、奈美が嬉しそうにセイの耳元で囁いた。
「ほんとにやめてよね」
仕方ないと言った表情で、セイは立ち上がった。
「結婚式の打ち合わせ?」
その言葉に、セイはキッと奈美を睨んだ。
「仕事の打ち合わせっ!!!!」
そう叫ぶと、セイは沖田の元へ近づいた。
「あっ 富永さん、お世話になってます!」
セイの姿を見つけた沖田は、嬉しそうに笑顔を向けた。
「お世話さまです。 わざわざお越し頂きましてありがとうございます。 ミーティング室へご案内いたします」
無表情で沖田の目を見る事もなく、淡々とそう言うと、セイはスタスタと歩き始めた。
後方では噂を聞きつけた同僚達が、自分と沖田を見て楽しそうに笑っているのが気配で分かった。
「ではまずは当日の進行についてなのですが・・」
セイは資料を沖田に渡した。
「この表の通りになります。 今後内容は変わってくる箇所もあるかと思いますが、その時は随時メールに添付してご連絡させて頂きます。 注意して頂きたい部分と致しましては・・・」
そこまで言うと、セイは眉間に皺をよせながら一旦話を止めた。
「あの・・・ 話聞いてます?」
先ほどから目をハートにして、一切渡した資料に目を通す様子もなくセイの顔を見つめている沖田に、セイは呆れながら訊ねた。
「えっ!? は、はい。 聞いてますよ」
やっとセイが自分を見た事に気を良くした沖田は、嬉しそうに微笑みながら答える。
「では、今私が何を言ったか説明して下さい」
「あ、あの・・ えーと、その」
沖田は慌てて資料に目をやるが、やがてセイに目を向けてえへへっと笑った。
それを見て、セイは思いっきり溜息をついた。
「あの、やる気がないのなら担当変わって頂けませんか?」
「えっ!?」
「これは仕事ですよ。 遊びではありません。 打ち合わせをする気がないのなら、帰って下さい」
冷たく言い放つと、セイはその場を立ちあがった。
その様子に、沖田も慌てて立ち上がった。
「す、すみませんっ! ちゃんとやります! だから打ち合わせ続けて頂けませんか?」
「・・・・・・・・・・本当ですか」
「はい」
今度は真剣な眼差しで、沖田は頷いた。
仕方なくセイはその場に座る。
それに続いて、ホッと安心した様子の沖田も座りなおし、手元の資料を手に取った。
「もう1度最初から説明しますが・・」
セイは、説明を始めた。
今度は沖田も先ほどまでとは違い、真剣に説明を聞き始めた。
「ではまた何か変更などありましたらご連絡させて頂きますね。 来週の現場視察の待ち合わせなど決まりましたら、お電話でご連絡させて頂きます」
何とか無事に打ち合わせを終えたセイは、会社の出口まで仕方なく沖田を送りにやってきた。
「はい、どうもありがとうございました」
沖田はセイに向って深々と頭を下げた。
「では失礼します」
セイも軽く会釈すると、早々にその場を立ち去ろうとした。
「あっ 富永さん!」
沖田の呼びかけに、まだ何かあるのかとうんざりした表情のセイは振向いた。
「何でしょう」
「その、もしお時間ありましたら、今度お食事でもいかがでしょうか?」
頬をほんのりピンクに染めながら、沖田はそう言った。
「はぁ?」
「富永さんは何がお好きですか? 和食ですか? それとも洋食ですか?」
「・・・・・(怒)」
「それにしても富永さんて本当にカッコいいですよね。 キレイだし、仕事が出来る女性って感じでカッコいいしっ! 年上の女性とお食事なんて行ったことがないので、どんなところが良いか分からなくて一生懸命調べちゃいました」
どんどん話を進めていく沖田に、セイは聞えよがしにはぁっと息を吐いた。
「あの、沖田さん」
「はいっ!」
「申し訳ありませんが、私は仕事以外で沖田さんとお会いする気はありませんから」
「え・・」
「なので、今後一切そのようなお誘いはしないで下さい。 では」
そう言うと、セイは踵を返し沖田をその場に置いてさっさとビルの中へ入って行った。
一体何なのだ、あの沖田という男は。
やる気があるのだろうか?
まだ学生気分が抜けていないらしい。
あの男と本当にいい仕事が出来るのかセイは不安だらけだった。
「何かあったのか?」
ふいにかけられた声に、セイは振向いた。
「あ、斎藤さん」
そこには職場での先輩であり、入社した時から何かと面倒を見てくれる斎藤が立っていた。
「何やら難しい顔をして歩いていたが、あの入口にぼーっと突っ立ってこちらをじっと見ている男が原因か?」
斎藤の言葉にビルの入口に目をやると、なぜかまだ沖田が立ったままこちらを見ている。
「ええ、まぁ・・」
「初対面でいきなりプロポーズしてきたそうだな」
「やっぱり噂になってますか」
セイはがっくりと下を向いた。
「まあな。 モテる女は大変だな」
「ちょっ、斎藤さん! そんなんじゃないですってばっ」
顔を真赤にしてセイは声を上げた。
「もし何か問題があれば、何でも相談してこい。 俺が力になってやる」
そう言うと、斎藤はセイの肩にポンと手を置いた。
それを聞き、セイは嬉しそうに微笑だ。
「ありがとうございます」
「さ、戻ろう」
セイの肩に手を置いたまま、斎藤はセイを促した。
そして、入口にまだ立ってこちらを見ている沖田にちらっと目を向けると、にっと笑った。
沖田の顔が強張っているように見えたが、斎藤は気にする様子もなく、セイを伴ってエレベータに向かった。
この日、セイは沖田との現場視察の待ち合わせに向かっていた。
会社でのミーティングが長引き、約束の時間に遅れそうになっており急いでいる。
少しくらい遅刻しても問題はないのだが、相手があの沖田という男なだけに、遅刻などで弱みを握られたくないと必死に間に合わせようと走った。
漸く待ち合わせの場所に近づき、角を曲がった所で沖田の姿を見つけた。
ゆっくりと沖田に近づきながら、絶え絶えになっている息を整え、腕時計に目をやる。
時間の3分前。
良かった、間に合った。
セイは安心すると、沖田に向って歩き出した。
「?」
遠目からだが、沖田が何かを見つけそれに近づいて行く様子が見えた。
一体何をしているのだろうかと、その場に立ち止まり、じっと沖田を見てみた。
沖田の前方にお婆さんが横断歩道の真ん中で持っているビニール袋の中身をぶちまけてしまっていた。
その老婆に近づくと、沖田は落ちている物を素早く拾い袋に詰め、お婆さんの手を引きながら止まっている車に頭を下げゆっくりと歩道まで連れてきた。
手に持っているビニールを渡すと、申し訳なさそうにお辞儀をするお婆さんにニッコリと微笑んで首を振った。
そして、その場を立ち去ろうとしているその後姿を心配そうに見守っている。
結構優しい人なんだ。
最悪な初対面でのイメージしかなかったのだが、そんな一面を見たセイは、沖田に対して案外悪い人ではないのかと思ってしまった。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
じっとお婆さんが見えなくなるまで見守っていた沖田は、突然現れたセイに驚いてこちらを振り向いた。
そして嬉しそうに微笑んだ。
「富永さん! こんにちは」
「こ、こんにちは」
先日の別れ際にあんなひどい事を言ってしまったのに、全く気にしていないように人懐っこい笑顔を見せる沖田に、何となくセイは後ろめたい気持ちになった。
「では早速中入りましょう」
なぜかいつものようにセイに絡むことをせず、沖田は爽やかにそう言うと建物の中に向って歩き出した。
「あ、はい」
沖田のその態度に、ほっと一安心したものの、不思議に思いながら後について行った。
一通りの状況を確認し、現地スタッフとの打ち合わせを終えた2人は、すぐ近くのカフェに入った。
簡単に資料を纏めながら打ち合わせをし、そろそろ終わりかとセイは時計に目をやった。
「このくらいで大丈夫でしょうか?」
セイの行動を見て、沖田も資料を重ねると、鞄に入れ始めた。
「はい。 今日はどうもありがとうございました」
セイは丁寧に頭を下げた。
今日の沖田は、1日まともだった。
仕事なのだから当然なのだが、あんなにセイに好き好き光線を出していたたのがウソのようだ。
とても仕事はしやすかったのだが、何故か物足りなさも感じる。
そんな事を考えて、ハッとした。
何を考えているの、セイ!
この男の事が嫌いだったんでしょ!
やっと諦めてくれたんだから、そんな風に思わなくて良いのよ!!
「あの・・ 富永さん?」
いきなり黙り込み、何かを考えながら頭を振ったり下を向いているセイを不審に思い、思わず沖田が声をかけた。
「えっ はいっ??」
「あ、いえ。 どうしたのかと思って」
「すみません、何でもありません」
苦笑いしながら答える。
「そうですか。 あの、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが・・」
「ええ、何でしょうか」
仕事の事で何か言い忘れた事があったのだろうか。
「あの・・ こんな事聞くとまた嫌がられるかも知れませんが・・」
「はい?」
下を向きながら気まずそうにそう言った沖田に、セイは首をかしげた。
「この間一緒にいた人って・・ もしかして彼氏ですか?」
「はあ?」
突然何を言い出すのだろう。
しかもこの間ってどの間?
沖田が何の話をしているのか分からず、セイはじっと沖田の顔を見てしまった。
「いえ、すみません! 何も聞かなかった事にして下さい!」
顔を真赤にして、沖田は荷物を持つとその場に立ちあがった。
「じゃ、じゃあまた御社へ伺わせて頂きますので、日程決まりましたらご連絡させて頂きます」
そう言うと、その場を立ち去ろうとした。
「沖田さん」
思わずセイは沖田を呼び止めていた。
「はい、何でしょう!?」
こちらを見ないまま、沖田は訊ねた。
「何のお話をされているのか分かりませんが、私は彼氏などいませんが・・?」
「え!?」
沖田は驚いたようにこちらを振り返った。
「そうなんですか??」
そして笑顔になる。
それを見て、セイは余計な事を言ってしまったのではないかと、口に手を当てた。
「なぁんだ! そうですか! ではまだ私にもチャンスがあるという事ですね?」
「は?」
沖田は嬉しそうに、もう1度イスに座り直した。
「いえね、この前打ち合わせの後富永さんと一緒にいた男の人とやけに仲良さそうにしてたものだから、てっきり付き合っているのかと思ってしまって」
急変した沖田の態度に、セイは顔を引き攣らせ。
どうやら、斎藤の事を言っているようだ。
きっとこの間、斎藤と話しているのを見て、彼氏と勘違いしたのだろう。
「良かったぁ! 諦めなければと思っていたんですよ」
いっそ嘘でも彼氏がいると言えば良かったかも。
セイは後悔した。
「あの、私いい加減そうに言ってるように聞こえるかも知れませんが、本当の本当に本気なんです」
「そ、そんな事言われても・・」
急に真剣な表情になった沖田に、セイは逃げ腰になった。
「生まれて初めてひと目惚れしたんです! あの状況で突然あんな事言ってしまったのはまずかったかも知れませんけど、本当にあなたの事が好きなんです」
「そうですか・・」
セイは泣きそうになりながら、何とか答えた。
「もう1度言います。 結婚を前提にお付き合いして下さい! お願いします!」
そう言うと、沖田は鞄から何やら取り出した。
まさか・・
まさかとは思うが、それって・・
セイの頭の中は真っ白になった。
「あなたに会ったら渡そうと、母親と一緒に選びに行ったんです! 気に入ってもらえるかどうかは不安ですが・・」
小さなケースのふたを開け、セイに見せる。
セイは気を失いそうになった。
何故・・
何故この人は指輪など持っているのだろうか・・
しかも母親とって・・・
会ったこともない親公認なのかっ!
「会ってから間もないし、年下で仕事もろくに出来ない私では富永さんにはふさわしくないのではないかと悩みました。 でも私の頭の中は毎日富永さんの事でいっぱいなのです。 どうやってこの真剣な気持ちを伝えようか考えて、もうこれしかないと思ったんです」
「・・・・・・・。」
何も言う事が出来ず、ただ沖田の手元のリングに釘付けになっている。
「受け取って頂けませんか?」
不安そうにそう訊ねる沖田に、セイはその場を立ち去りたくなった。
「受け取れません・・・」
それを言うのがやっとだった。
「今すぐとは言いません! プロジェクトが終わってからゆっくりでも良いです」
全く諦める気配のない沖田に、セイは溜息をついた。
「分かりました・・ 分かりましたから、取り合えずそれをしまって下さい」
「本当ですか!? では私の事、前向きに考えてくれるって事ですか」
誰がそんな事言ったのだろう。
恐ろしくプラス思考の沖田に、セイはもうどうでも良くなり始めていた。
「はいはい。 分かりました。 考えれば良いんですよね」
セイの言葉に、沖田の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます! 私、良い夫になりますっ!」
「誰もそんな話してませんが・・」
「うわぁっ 嬉しいなぁv 私、こんなに女性を好きになったことないんですよ。 本当にあなたを一目見た瞬間から・・」
1人でどんどん話を進めていく沖田に、セイは頭痛がし始めた。
でも、何だか嫌な気はしない。
この人の事を好きになった訳ではないが、嫌いな訳でもない。
もうしばらく様子を見てみても良いかなと思い始めた。
「では早速ですが、今晩お食事でもいかがですか」
「調子に乗らないで下さい」
まだこの仕事が終わるまで半年ある。
どうせ彼氏もいない仕事ばかりの生活を送っているのだから、こんなハプニングも人生の中で1度くらいあっても良いかななんて思ってしまった私は、頭の中まで春になってしまったのだろうか。
「これからはメールに変な事入れてこないで下さいね」
「えぇっ!? あれは私の富永さんへの真剣な想いでっ」
「会社のメールは、仕事の事のみでお願いします」
「あっ じゃあ携帯教えて下さい!」
「嫌です」
沖田の恋が実るのかどうかは、まだ誰にも分からない。
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流雪さまより頂きましたリクエスト、
『年齢逆転 沖→セイのお話。時代は現代で総ちゃんの片思い』との事でした。
何だかあり得ないお話になってしまいました・・・
流雪さま、こんな結果になってしまい申し訳ありません(涙)
リクエストを頂きまして、ありがとうございました!
2009年3月9日
流雪さまより、こちらのお話の素敵なイラストを頂いてしまいました♪
とっても素敵なイラストを、どうもありがとうございました★ 8月26日
